大阪地方裁判所 昭和63年(わ)159号 判決 1992年3月26日
主文
被告人を罰金五万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五○○○円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、朝鮮に国籍を有する外国人で、外国人登録証明書の交付を受け、大阪府東大阪市長瀬町一丁目一六番一五号に居住していたものであるが、昭和六○年一二月二七日までに、その居住地である同市市長に対し、外国人登録原票の記載事項が事実に合っているかどうかの確認を申請しなければならないのに、これを怠り、昭和六一年一二月一二日まで右申請をしないで、右所定の期間を越えて本邦に在留したものである。
(証拠の標目)省略
(弁護人らの主張に対する判断)
一 弁護人らの主張(以下、弁護人らの主張として掲記するもののうちには被告人の主張を含む。)
弁護人らは、外国人登録法(以下「外登法」という。)一一条一項、一八条一項一号は憲法一三条、一四条、三一条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号。以下「国際人権規約B規約」という。)二条、二六条及び七条に違反し無効であり、また外登法一一条一項を在日朝鮮人に適用する限りで憲法に違反し無効であり、加えて本件では実質的違法性が欠如していることから、被告人は無罪である旨主張し、その理由として次のとおり述べる。
1 確認申請制度は、憲法一三条及び国際人権規約B規約七条に違反する。
在留外国人に対し、外国人登録原票の記載が事実と合致しているか否かを確認するため五年ごとに確認申請をする義務を課した外登法一一条一項の登録確認制度(以下「確認制度」という。)は、登録事項に変更があるか否かにかかわらず、一律に外国人に対して一定の時期に市町村役場への出頭義務を課すとともに、自己に関する情報の提供を強制するものであって、私生活上の自己の行動や情報について国家の干渉を許している点において、人権侵害性の存在する制度であって、個人の人格的尊厳及び幸福追求権を定めた憲法一三条が保障するところのプライバシー権及び私生活の自由を制約するものであるとともに、国家から監視されない自由をも侵害するものであるところ、
(一) 外登法においては、職業等二○項目に及ぶ登録事項が定められ、確認制度は、在留外国人に対し五年ごとに右登録事項に変更がない場合でも市町村役場に出頭し自治体職員に対し写真を提出して登録事項の確認を求め、かつ、その際、事実の調査をすることを認めるなど、そのプライバシーを制約するものである。
(二) 右確認制度は、在留外国人に対し一律に出頭義務を課し、当該外国人が海外に出ているときであっても免除されず、その出頭は経済的にも時間的にも重大な負担であるとともに、そのため国内あるいは海外への旅行、留学などを断念しなければならないこともありうるのであり、また、五年ごとの確認申請義務について失念しないよう常日頃から度々期限を徒過していないことを確認しなければならず、過大な精神的緊張を強いられ、しかもその緊張は一生涯続くのであり、これは重大な精神的負担であって、これらのため、私生活における自由が著しく制約されている。
(三) 外登法における登録事項は、プライバシーに関わる事項を含む二○項目に及び、そのうえ、顔写真や指紋押捺まで要求されているが、この登録を所管する国は、すべての登録外国人について最終的には絶対的同一性が判明するまでの資料を収集し、常時携帯義務により外国人を常に監視し、その日常生活に至るまでその監視下に置いているのであり、また、自治体が保管する登録原票から得られる登録外国人についての情報が警察に容易に入手され、治安、捜査などの資料に用いられてきた。このように、確認制度は、外国人登録原票の正確性担保の範囲を逸脱し、右のような監視体制の一環として、登録した外国人が現実に滞在しているかどうかを含め五年ごとに直接その動静を確認し、その後の動静の監視に備えようとするものであって、憲法一三条の個人の私生活上の自由の一環としての個人がみだりに国家から監視されない自由を侵害するものである。
(四) 外国人登録制度は、真の目的が在日朝鮮人の治安管理にあり、確認制度は、外登法上の諸制度と相俟って在日朝鮮人を徹底した監視下に置くもので、その結果、在日朝鮮人は精神的負担と緊張を強いられているばかりか、これらの制度は在日朝鮮人に対する社会的蔑視、社会的差別を温存し助長する元凶をなしているものであり、確認制度は、在日朝鮮人の「地位、立場、評判又は人格を落としめる行為」以外の何ものでもなく、同制度は国際人権規約B規約七条の「品位を傷つける取扱い」に該当するものとして同条に違反するものである。
2 確認制度は、憲法一四条及び国際人権規約B規約二条、二六条に違反する。
日本国民についての居住関係及び身分関係を明確にすることを目的とする住民基本台帳法及び戸籍法が確認制度を採用していないのに、外国人について同じ目的を有する外登法はこれを採用し、しかも住民基本台帳法及び戸籍法においては届出義務違反等について行政罰である過料が定められているに過ぎないのに対し、外登法は確認申請義務違反には一年以下の懲役若しくは禁錮又は二○万円以下の罰金を科すという重い刑罰を規定しているが、日本国民と外国人とをこのように差別して取り扱う合理的な理由はない。
また、確認制度の適用の有無は、国籍の有無によってではなく、社会の構成員であるか否かによって決定されるべきであり、居住関係・身分関係が明らかで日本社会の構成員である長期在留外国人に適用される限りで、国際人権規約B規約二条、二六条に違反する。
3 確認制度は、憲法三一条に違反する。
外登法一一条一項、一八条一項一号は故意犯のみを処罰する趣旨であり、過失犯を処罰をする明文規定がなく、かつ、解釈上も過失犯処罰の法意が明白であるとはいえない以上は、単純な過失犯である本件を同条によって処罰することは、罪刑法定主義を規定する憲法三一条に違反する。
また、確認申請義務違反に過失犯が含まれるとしても、単純な過失犯に対し「一年以下の懲役若しくは禁錮又は二○万円以下の罰金」の刑罰を科している外登法一八条は、同じく一年以下の懲役を科す逃走罪(刑法九七条)、堕胎罪(二一二条)等と比較しても、また罰金刑が選択されるとしても二○万円以下の罰金にすぎない過失致死罪(平成三年法律第三一号による改正前の刑法二一○条、同罰金等臨時措置法三条一項一号)と比較しても、さらには居住関係、身分関係を明瞭ならしめるという目的において外登法と同じ目的を有する戸籍法、住民基本台帳法が、住民登録上あるいは戸籍上の届出義務の違反に対して行政上の秩序罰である三万円以下、五○○○円以下の過料に処するにすぎないことと比較しても、著しく罪刑の均衡を欠くものというべきであるから、罪刑法定主義に違反し、憲法三一条に違反する。
4 在日朝鮮人をはじめとする旧植民地出身者及びその子孫たる長期在留外国人には、その形成における歴史的な特殊事情、生活実態における本邦への定着性及び社会的諸関係における著しい被差別状況という三つの特性があり、我が憲法はその前文において、過去の植民地支配の歴史に対する反省を宣言し、その宣言は、憲法の人権保障規定と相俟って、在日朝鮮人等の被った犠牲を償い、人間としての尊厳を回復する法的処遇をとる国家としての義務を規定しているものと解すべきであることから、旅券を持って本邦に入国する一般の外国人とは異なる取扱いがなされるべきである。在留権に関してはその歴史的特殊事情に即した一定の法的手当がなされているものの、外国人登録令・外登法と続く外国人管理面においては右義務の履行としての法的手当は何らなされていない。したがって、確認申請義務を課す外登法一一条一項、一八条一項一号もこのような憲法の精神に即して解釈されるべきであり、かつ在日朝鮮人の三つの特性からしても同条項を在日朝鮮人に適用することは、憲法に違反する。
5 本件被告人の確認申請義務違反行為には、構成要件該当性あるいは実質的違法性が欠如している。
本件は、うっかりミスの単純な過失犯であり、確認申請を一年近く失念していたことに気付くや直ちに東大阪市役所に赴き、確認手続を履行しているのであり、この間、被告人の居住関係、身分関係に何ら変更はなく、行政の登録事務上、何らの支障も実害も発生してはいないのであって、被告人の行為には、そもそも構成要件該当性がなく、あるいは刑罰を科するに値する実質的違法性がないのであるから、被告人は無罪である。
二 当裁判所の判断
1 憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解される(最高裁判所昭和五三年一○月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)から、わが国に在留する外国人の私生活上の自由ないし権利についても、日本国民と同様に、憲法の規定する個人尊重の理念に基づいて保障されているといわなければならない。しかしながら、個人の有する右自由ないし権利も、公権力の行使から無制限に保障されているわけではなく、公共の福祉のために合理的必要性がある場合には、相当の制限を受けざるをえないことは憲法一三条の規定に照らして明らかである。
ところで、国際慣習法上、外国人の入国の許否は当該国家の自由裁量に委ねられているものであり、入国後の滞在も入国の継続とみなすべきものであるところから、その在留の許否及び条件も当該国家の自由裁量に委ねられているとみるべきである。したがって、国家には外国人の入国・在留に関する広範な管理権限が国際慣習法上も認められているものというべきである。このことは、国民が国籍によってわが国に結びつけられわが国の構成要素をなす者であるのに対し、外国人はわが国の構成要素をなす者でないことによるものであって、日本国民と外国人はこの点でその法的地位に基本的な相違があるといわなければならない。したがって、外国人がその法的地位の相違から、法の制定または適用の場面で基本的人権の保障の程度につき日本国民との間に不均等が生じうることは免れがたいところであるが、この場合にもその不均等が一般社会通念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものである限り、憲法の認容するところと解される。
外登法は、わが国に在留する外国人の管理を目的とする法律であり、同法の定める義務等によって生じる自由ないし権利の制約が専らわが国に在留する外国人のみをその対象とするものであるところ、その制約の合憲性の判断にあたっては右のような日本国民と外国人との間の基本的な地位の相違を考慮の外に置くことはできないというべきである。
2 憲法一三条、国際人権規約B規約七条違反の主張について
(一) 外登法の確認制度によって在留外国人が受ける自由ないし権利の制約が、正当な公共の福祉による制約として憲法一三条に適合するかどうかの審査にあたっては、同制度が正当な行政目的を達成するために必要かつ合理的な制度であるか否か、及びその規制が目的のため相当な範囲内にあるかどうかを検討することをもって足り、それらがいずれも積極に解されるときには、右適合性が肯定されるものというべきである。
(二) わが国が国際慣習法により外国人の入国・在留に関し広範な管理権を有していることはさきに述べたとおりであって、在留外国人と日本国、日本国民及び他の外国人との間に生じる権利義務の関係など様々の問題を適切・迅速に処理するとともに、在留外国人に対する教育・社会福祉・医療等に関する種々の施策を講ずるなど、在留外国人について時宜に即した適切な管理の必要性が認められるところ、このような管理を公正迅速に遂行していくには、当然のことながら、我が国に在留するすべての外国人につき、その同一性、在留資格及び居住地など在留の実態を明瞭確実に把握し得ることが必要と認められる。外登法一条が、「この法律は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする。」と規定していることも外国人登録制度が在留外国人の公正な管理を行なうための前提を整えるものであることを明らかにしたものと認められる。
そうすると、外国人登録がすべての在留外国人について漏れることなく行なわれ、かつ、登録事項、内容についても実態に符合した正確性の高いものであることが要求されることは当然であり、その正確性を図るための手段として、外登法は、新規登録義務(三条)、変更登録義務(八条、九条)等の諸規定を設けており、確認申請制度(一一条一項)も、在留外国人に対し、定期的に外国人登録原票の確認申請を行なわせることで登録の正確性を維持しようとするものであることは明白である。よって、確認制度は正当な目的を有するものというべきである。
(三) 外登法は、右で述べたように居住地等の登録事項に変更が生じた場合に備えて変更登録制度を定め(外登法八条、九条)、登録原票の記載の正確性を確保しようとしている。弁護人は、右制度の活用により、登録原票の正確性は十分担保されると主張する。しかし、実際問題として、変更登録制度の理想的な運用は必ずしも期しがたく、対象外国人が相当多人数にのぼる今日の現状を考えると、変更申請を意図的に怠るもの、失念するものが相当数生ずることは、十分考えられることであり、また、登録原票自体に、誤記その他のため登録内容に事実との合致していない部分がある場合などは変更登録制度では対応できず、これらの結果、登録原票の記載内容が時間の経過とともに陳旧化し、実際の居住関係、身分関係と登録原票との乖離が大きくなり、外国人の公正な管理に支障をきたし、ひいては我が国の外国人管理政策自体が円滑に推移し得なくなるおそれすら生じることになる。
これに対して確認制度が存在するならば、定期的に登録原票の確認申請を促し、登録事項の正確性について注意を喚起させることができ、怠られている変更申請を促すことが可能となることに加え、市町村の長にも直接本人から事実を調査する契機を与えることができるものである。近年、在留外国人の数が増加し、その居住地の移転、職業変更等が活発になされている情勢をも合わせ考えると、変更登録制度を補完し、登録原票の記載の正確性を維持する機能を果たしている確認制度の必要性は現時点においてもなお高いものがあるというべきである。よって、確認制度は、登録原票の正確性を確保しようとする前記外国人登録制度の目的を達成する手段として必要かつ合理的な制度と認められる。
(四) 確認制度の内容に関して外登法一一条一項は、外国人に対し、原則として新規登録を受けたとき、または登録後の最後の確認を受けた日から五年を経過する日前三○日以内に(但し、この点は昭和六二年法律第一○二号により「確認を受けた日の後の当該外国人の五回目の誕生日から三○日以内」に改められている。)その居住地の市町村の長に対し、登録事項確認申請書、旅券、写真二葉を提出して登録原票が事実に合致しているか否かの確認申請をすることを義務付けている。この確認申請のために当該外国人は、<1>登録事項確認申請書を作成し、旅券、写真二葉を準備しなければならないこと、<2>五年毎に市町村役場に出頭しなければならないこと、<3>市町村役場の担当者から登録事項の確認を受けるに際して、自己に関する情報を開示しなければならないこと、以上三点の不利益を受けることが考えられる。この<1><2>の点について検討すると、申請書類作成の手間、費用は僅かなものに過ぎず、確認申請自体、五年に一度のことであり、しかもそのためには、五年を経過する日前三○日以内のいずれかの一日に市町村役場を訪れれば足り、それに当てなければならない時間は、通常、数時間にとどまること、海外旅行等で現住居を不在とする場合も確認申請時期は事前に明確となっていることから予め計画的に対処することが十分可能と認められることを考えると確認申請に伴う私生活の制約は我が国に在留する外国人が受忍すべき限度内のものと認められる。また、<3>の点についても、確認自体は申請方式の適否を形式的に審査した後、所定内容につき、当該外国人の登録原票に基づき、提出された申請書、旅券ないしこれに代わる証明写真を比較対照し、そのうえで必要に応じて当該本人に対し、登録原票の記載事項の事実との整合性の確認を行なうものであり、そのための市町村役場の担当者の質問内容は、記載事項の確認と記載事項あるいはその認定に必要な事実に限定されるものであって、右各事項は限定された外形的なものにとどまり、当該外国人の思想、信条あるいは私生活の詳細な事項に立ち入った質問をなすことは予定されていないものである。したがって、このような自己の情報の開示は、確認という目的に必要な範囲に限定されたものであって、それに伴うプライバシーの制約は許容限度内のものと認められる。
弁護人は、この確認制度のため、在留外国人が常にその期間を意識させられ、精神的負担を強いられている旨論じるが、その時期は、常時携帯している外国人登録証自体に記載されていること、その確認申請のための期間が三○日間と比較的長期間であることから考えて(なお、現在では、確認制度は当該外国人の誕生日に関連づけられていることから確認申請時期に関し記憶喚起がより容易になっている。)、右のような事実が認められるとしても、それによる負担は、比較的軽微なものにとどまり受忍限度内のものというべきである。
よって、確認制度が、外国人登録原票の正確性を保持するという目的を達成する方法として採用している手段は、相当なものと認められ、憲法に違反するような外国人の人権侵害を引き起こす内容のものとは認めることができない。
(五) 更に、外登法一八条一項一号は、外登法一一条一項の申請をしない外国人に対し、一年以下の懲役若しくは禁錮又は二○万円以下の罰金に処することを定めているが、外登法上の確認制度が、同法の立法目的に照らし相当な手段であると認められることは前記のとおりであり、その制度上の義務の履行を確保するために右の程度の刑罰を科することをもって、目的達成のための不合理な手段であるということはできない。
(六) なお、当裁判所は、確認制度によって制約を受ける自由自体が精神的自由に属する権利であるとは考えないから、確認制度の合憲性について精神的自由に属する権利と同じ合憲性審査基準で審査すべきであるとの立場を採らないが、確認制度の合理性の判断の見地から、その制度の存在によって得られる利益と不利益との比較衡量について付言してみるのに、右制度により外国人登録原票の正確性が保持される結果、外国人の出入国、在留管理、徴税等が適切に行われるという国家行政事務に資することは勿論、当該外国人自身にとっても保健、衛生、年金受給等の福祉、教育などの各種行政が円滑に行われる利益を享受することが可能となるものである。これに対する当該外国人の不利益と目すべきものは、前記のように関係書類を準備したうえ、五年毎に市町村役場に赴く負担と、自己に関する情報を提供しなければならないという負担及びその確認申請期間を徒過しないよう意識するという負担である。しかし、これらの確認制度によって被る不利益は、先に述べたように確認申請が五年に一度のことであり、提供する情報も先にみたように極めて限定されているものであること等を考えると、得られる利益に比較してその不利益はより小さいものというべきである。したがって、右制度の存在に伴う利益、不利益の比較衡量の視点においても、確認制度をして、不合理なものであるとはいえないことは明らかである。
(七) 以上のとおり、外登法一一条一項、一八条一項が、憲法一三条に違反し、無効であるとの弁護人の主張は採用することができない。
(八) 国際人権規約B規約七条との関係について
確認制度における目的の正当性、必要性、方法等の相当性は前記のとおり肯定でき右制度が合憲と認められること、外国人登録制度ないし確認制度が我が国に在留する外国人一般に適用されるものであること、確認制度ないし外登法上の諸制度と我が国に事実上存在するとされる在日朝鮮人に対する社会的蔑視、差別との関係は推論の域を出ないものであることを考えると、同制度が国際人権規約B規約七条の「品位を傷つける取扱い」に該当するとの主張は未だ採用の限りではない。
3 憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条違反の主張について
(一) 法の下の平等を定めた憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるものと解すべきである。しかしながら、既に述べたとおり、外国人がその法的地位の相違から、法の制定または適用の場面で基本的人権の保障の程度等につき日本国民との間に不均衡が生じても、その不均衡が一般社会通念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものである限り、これをもって憲法一四条の法の下の平等の原則に反するものとはいえない。
(二) 日本国民の身分関係及び居住関係を明確化するために戸籍法、住民基本台帳法は戸籍制度、住民登録制度をそれぞれ定めており、これらにおいては、外国人登録制度とは異なり、確認制度は定められてはおらず、かつ、単純な届け出義務の違反に対しては刑事罰は科せられていないことは弁護人指摘のとおりである。
(三) しかし、今日、主権国家の併存を前提として国際社会が構成されている以上、国家と個人との関わりあいに関して、我が国の構成員である日本国民と非構成員にすぎない在留外国人との間には基本的な地位の相違があることは否定できず、一般に在留外国人は日本国民に比して日本国内における係累が少なく人間関係が稀薄で国家や社会との密着性が乏しいため、その身分関係及び居住関係を把握するには困難を伴うものであり、このような基本的地位の相違からくる在留外国人の居住関係及び身分関係の特殊性に鑑み、その居住関係及び身分関係を明確にし、もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする外国人登録制度を定めていることは、合理的な根拠がないのに在留外国人を国民と差別的に取り扱うものとはいえないから、法の下の平等の原則に反するものではなく、その登録の正確性を維持するために設けられた確認制度は、前記のとおりその目的を達成する手段として必要かつ合理的な制度と認められ、その実効性を担保するために前記のような刑事罰を定めたことも立法機関の合目的的裁量の範囲内にあるものと認められるのであるから、これらは合理的な差別として憲法一四条には抵触しないものと認められる。したがって、確認制度を国民の場合について設けないで外国人の場合について設けている不均等は、一般社会通念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものであり、これをもって法の下の平等の原則に違反するものであるということはできない。
(四) 国際人権規約B規約二条、二六条も、国際慣習法上許容されると認められる在留外国人に対する国家の管理権限の現われとして、在留外国人に対し右のような合理的範囲内において国民と異なる取り扱いをなすことまでをも禁じる趣旨とは解することができないから、このような取り扱いをもって同規約二条、二六条に違反すると認めることはできない。
(五) よって、外登法一一条一項、一八条一項一号が憲法一四条、国際人権規約B規約二条、二六条に違反するとの弁護人の主張は、採用できない。
4 憲法三一条違反の主張に対して
(一) 刑法三八条一項にいう「法律ニ特別ノ規定アル場合」とは、弁護人も認めるように、明文をもって過失犯をも処罰する規定がある場合の他、法令の規定からその趣旨が窺える場合をも指すものと解すべきであるが、外登法一一条一項、一八条一項一号の文言には過失による確認申請義務違反をも処罰する旨の明文規定はないものの、右義務違反の形態が不作為であること、確認申請は五年に一度のことでその期間が長いことなどからして確認申請期間を失念し徒過するという過失犯として犯される場合が大半を占めるものと考えられ、このような過失による場合をも処罰の対象としなければ、本邦に在留する外国人に確認申請を義務付け、その者の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資するという行政目的を達成することは著しく困難となることは明らかであり、その目的達成のためには、故意による不申請のほか過失による不申請に対しても同様に罰則を科して申請義務の履行を担保する必要性があり、かつ、その法定刑中に懲役刑、禁錮刑に加えて寡額が四○○○円とされる罰金刑が含まれている(平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項本文)ことなどを考えると、外登法に定める確認申請をなさなかった罪は、当然に過失による場合をも含むものとして規定されたと解すべきである。このように、外登法一一条一項、一八条一項一号には過失犯の処罰も含まれるものと解されるので、この点に関する弁護人の主張は採用できない。
(二) 外登法一一条一項、一八条一項一号が、刑事罰をもって確認申請義務の履行を強制していることにより、日本国民が戸籍法や住民基本台帳法の諸届けを怠った場合に比べて、在留外国人に対し重い罰則を科していることは弁護人指摘のとおりであるが、外登法一条所定の目的を達成するために確認制度を設けたことが必要かつ合理的なものである以上、その実効性を担保するため確認不申請行為に対し一定の罰則をもって臨むことに実質的必要性と根拠があることは明らかであり、他方、前記のように日本国民と在留外国人との間には基本的な地位に差異があり、それに基づいてそれぞれ別個に住民基本台帳法と外登法とが制定され運用されているのであって、それぞれの法律の定める義務の内容並びにこれを課す必要性及び根拠が異なるものである以上、戸籍法及び住民基本台帳法が確認申請義務を規定せず、各種義務違反に対して概ね行政罰である過料を規定しているからといって、外登法が確認申請義務違反について刑罰である懲役、禁錮または罰金あるいはその併科を規定していることが不合理な差別であるということはできない。
したがって、この点に関する弁護人の主張は、採用できない。
5 適用違憲の主張について
なるほど、第二次世界大戦前から日本国内に居住し、あるいはその後わが国で出生し、今日に至るまで日本国内に定住することによってわが国の地域社会と密着した生活を送り、日本国民と同程度に居住関係や身分関係が明確である在日朝鮮人が多数存在することは弁護人主張のとおり認められる。しかし、前述のようにこのような在日朝鮮人であっても、わが国との関係では日本国民とは基本的な地位において差異があることは他の一般在留外国人と同じであり、外国人として公正な管理を行なう必要性は、右のような在日朝鮮人についてもこれを否定することはできない。そして、これらの在日朝鮮人が日本に居住するに至った事情は一様ではなく、また、これらの者の中にも、わが国との密着性が、わが国民と近い者からはるかに相違する者まで様々な者が含まれているので、このうちどのような要件を備える者をいわゆる定住外国人ないし長期在住外国人として、その余の外国人と区別し、その居住関係及び身分関係を明確にするのにどのような制度を設けるのが相当適切であるかを決するのは、広範な調査に基づき、国内の政治、経済、社会等の諸事情、国際情勢、外国関係、国際礼譲など諸般の事情を斟酌して国益保持の見地からなされるべき合目的的判断であって、これは立法府の合理的な裁量に委ねられているというべきである。ことに、在留外国人の公正な管理に資することを目的とする外登法の適用において、現在の居住関係及び身分関係と直接かかわりのない過去の歴史的事情としての在留外国人が日本に居住するに至った事情を考慮に置くことは、その合理性ないし整合性の点でも疑問があり、第二次世界大戦当時からの長期在留朝鮮人に対して何らかの特別の措置を講ずるか否かは、その立法形式を含めて立法政策の問題に属するものというべきである。したがって、外登法が確認制度を在日朝鮮人等とその余の外国人とを区別することなく、外国人に一律に適用すべきものとしていることが、合理的な根拠のない差別的取り扱いということはできず、在日朝鮮人に確認制度を適用することが憲法に違反するとは考えられない。
したがって、この点に関する弁護人の主張は、採用できない。
6 実質的違法性の欠如の主張について
被告人の当公判廷における供述、第一回、第九回及び第一○回各公判調書中の被告人の供述部分、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書を総合すると、本件に至る経過は、おおよそ次のとおりであることが認められる。
被告人は、昭和一一年一二月和歌山県海南市で朝鮮国籍の父張渭植、母〓福との間の六人兄弟姉妹の第四子として出生し、大阪府布施市、福島県耶麻郡等を父の仕事の移動に従って転々とし、昭和二八年三月福島県耶麻郡の長瀬中学校を卒業したあと、兄たちを頼って大阪に出、縫製工場等で働いていたが、もともと病弱な体質であったところにリューマチ性心内膜炎を患うなどしたものの、昭和四一年に結婚し、四子をもうけたのち昭和五三年ころ離婚し、四人の子供を引取り、現在、ギャラリーの経営をしながら生活しているものである。
ところで、被告人は、昭和二○年代から外国人登録証明書の確認申請手続を自ら行ってきたものであるが、昭和五五年一二月二七日に確認申請手続を済ませたのちの昭和五九年末ころ、二級公害認定患者でリューマチを患っていた高齢の実母を引取ることになったことから、母親の看病、家事、内職等の生活に追われ、右登録証明書の切替えの最終日である昭和六○年一二月二七日が到来したにもかかわらず、その期日到来を失念したまま、その確認申請手続をしなかったものである。
ところが、被告人は、翌昭和六一年一二月一二日に、運転免許証の更新手続をした際、登録証明書の切替日を既に徒過していることに気付き、即日、東大阪市役所西支所に赴き、確認申請手続を行なった。
以上に認定した事実によると、本件は、被告人が多忙な生活にまぎれて確認申請をなすべき日を失念し、三五○日間という長期間にわたって確認申請を怠ったという事案であり、その過失の内容、違反の期間等からみて、弁護人主張のように構成要件該当性ないし実質的違法性の欠けた軽微な事案とは言いがたく、その間、登録事項に変更はなく、また確認申請期間を失念したことについて家庭的ないし個人的事情があったこと、失念に気付くや即日確認申請をなすべく市役所を訪れていることなど弁護人指摘の事情も認められるものの、これらは、直ちに右判断に影響を与える程の事情とは認められず、ただ量刑において、被告人に有利に考慮すれば足りるものと判断する。
したがって、弁護人の実質的違法性の欠如の主張は理由がない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は、外国人登録法一八条一項一号、昭和六二年法律第一○二号(外国人登録法の一部を改正する法律)附則五項により同法による改正前の外国人登録法一一条一項に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金五万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金五○○○円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は、判示のとおり外国人登録の確認申請を怠ったという事案であるところ、その徒過した期間は三五○日の長きに及ぶものであって、前記のように確認制度が登録原票の正確性を維持するという重要な役割を果たしていることを考えると、本件違反は制度本来の機能を損ないかねないものというべきであり、被告人の責任は決して軽いものとはいえないものの、他方、右懈怠は意図的なものではなく、当時、被告人の身体が必ずしも丈夫でなかったところにその母親の身の回りの世話等が加わり、家庭的事情もあって心身ともに相当困難な状況下に置かれていた中で失念したものと認められること、登録事項には特に変更はなかったと認められること、確認申請期日の徒過に気付くや、即日、東大阪市役所を訪れ確認申請手続を履践し事後的に適切な対応をなしていること、これまで全く前科前歴がないことなど被告人のために斟酌すべき事情も認められるので、主文掲記の刑を量定した上、刑の執行を猶予するのを相当と認めた。
よって、主文のとおり判決する。